淡色に染まりし憂愁

軽薄なる淡色の涙に魅せられて

心のよりどころ、日記文学

 昨年の10月5日に私は晴れて20歳を迎えた。それは、子供という名の殻から脱皮をして、大人という名の新たな殻を身にまとった瞬間そのものでもあった。

 

 今も尚鮮明に覚えている感覚が、誰からも縛られる事なく自由に飲酒をし、誰からも縛られる事なく自由に喫煙をする事が可能となったその開放感と、それに伴う喜びである。

 

 その日飲んだカルーアミルクモスコー・ミュールは、この上ないほど美味に感じられて、同様に、たばこの味もこの上ないほど美味に感じられたのであった。今も時々飲酒をたしなみ、喫煙はかなりの頻度でたしなむのだが、この時以上にアルコールを、ニコチンを美味であると感じた瞬間はあまりない。飲酒にも喫煙にも慣れた現在では、当時のような新鮮な気持ちでそれらをたしなむ事がもうほとんどなくなったと言ってもよい。

 

 誕生日を迎えてから、子供という名の殻を脱皮してからはや数カ月もの期間が経過をした。しかし、心の中の私はいまだに子供のままであり、己が大人という立場にあるのだという実感を、前述をした要素以外では特に感じられずにいるというような状態が続いている。心の中の私は、19歳という未成年最後の年齢から一向に成長をする事ができないままの、今も尚過去に縛られたままの亡霊のような状態にあるのだ。 未来に起こりうるであろう出来事以上に、過去の出来事の方が今現在の私には光り輝いて見える。

 

 だが、良かったと思えるような出来事は、それに反して数えるほどしかない。10代の前半は比較的能天気に日々を過ごしていたのだが、10代の後半からはこの広汎性発達障害の症状と、それに起因をするコンプレックスとに苦しめられるようになる。そうして、その二次障害にも苦しめられるようになり、気持ちがとにかく安定をしない不安定な日々を過ごす事が多くなった。精神科の門をたたいたのもちょうどこの頃で、大学生であった当時は、そこの学生相談室と呼ばれる場所に通いながら、メンタルクリニックにも通院をするというような生活スタイルを送っていた。

 

 そのような私が、当時心のよりどころとしていたものがある。それが日記文学だ。当時、主に愛読をしていたものは、高野悦子さんの『二十歳の原点』、南条あやさんの『卒業式まで死にません』、それから、二階堂奥歯さんの『八本脚の蝶』の計3冊である。死因が全員自殺という点では一致をしている。

 

南条あやさんの書籍に関してならば、表紙がそれはもうボロボロになるまで読み返し、通学バッグにそれを入れて毎日持ち歩いてさえいた。同じく精神疾患を持つ友人に、彼女の書籍を貸した事もある。自身の過激な行為をどこかユーモラスな語り口で、かつ、ポップにつづる彼女の文体がとても好きで、私は彼女に対し、いつしか強い憧憬を抱くようになっていったのであった。彼女を真似て、ブログの文章を当時は、彼女風に記した事もあった。精神的にいろいろと参っていた当時は、彼女の存在がとにかく私の救いであり、無意識のうちに彼女の事をあたかも神であるかのように思い始めてもいた。己の苦痛と彼女の苦痛とを重ね合わせた事もある。

 

高野悦子さんに関して言えば、『二十歳の原点』に関連をした2冊を大学の図書館で借りて、そこの閉架書庫で2冊ともを読んだ。彼女が自分の人生と真摯に向き合うその様に、常に改革を追い求めるその様に当時、強い感銘を受けた事を覚えている。

 

 彼女自身、生前は学生運動に参加をして、そこで自己を模索していた様子が日記に克明に記されていた。机上の空論ではなく、実際に行動を起こして常に己の存在意義が何であるのかを見つけようとしていたのだ。ちなみに、彼女は高校生であった時分はバスケットボール部に所属をしていたものの、4歳の頃に診断をくだされた心臓弁膜症から、過激な運動を控えるようにと言われてしまう。だが、そうであってもバスケットボールに関わりたいとの思いから、彼女はそこのマネージャーに転身をした。以後、高校2年生の2学期までマネージャーを務める。このように彼女なりに一生懸命部活動との関わりを持とうとする姿勢や、自身の好きなものに対するそのひたむきな姿が、私の胸を強く打ったのであった。立命館大学に入学をしてからは、ワンダー・フォーゲル部に入部をする。体に心臓弁膜症というハンデキャップがあろうともこのように運動を続けた事からも、彼女がいかに運動を好んでいたのかということがここから見て取れるだろう。ただ、その一方で、彼女自身は私生活で度数の強い酒に溺れたり、たばこに救いを求めたりなどと、どこか荒んだ生活を送っていたように思われる。酒に酔い、嫌な事を忘れる。たばこの快楽物質で、そうした負の感情をカムフラージュする。彼女は才媛で、一見をすると非の打ち所のない人間であるように見えるけれども、実際のところは、そうした人間的な一面もあった。だから、私は今も尚彼女にひかれ続けているのかもしれない。

 

二階堂奥歯さんに関してならば、Twitter上で彼女の名前を初めて拝見をしたその瞬間、そのハンドルネームのセンスにとにかく驚いた事を覚えている。そうして、Googleですぐさま彼女の事についてを検索した。その際に彼女が生前運営をしていた『八本脚の蝶』というサイトに行き着いたのであった。ちなみに、そのサイトはこの衝撃的な文面から始まる。

 

最後のお知らせ

二階堂奥歯は、2003年4月26日、まだ朝が来る前に、自分の意志に基づき飛び降り自殺しました。
このお知らせも私二階堂奥歯が書いています。これまでご覧くださってありがとうございました。

 

 この文面を見て、衝撃を受けずにいられる方は存在をするのであろうか。私自身はこの文章を拝見したその瞬間に、彼女が死に至るまでの道程を知りたいと強く感じた。そうして、2001年の6月13日から始まる彼女の日記を、最後のお知らせと題された先程の記事に至るまで時間をかけて、ゆっくりと読み進めていった。当初は女性らしい文章(コスメティック、ファッション)が非常に多く、それは読んでいるこちらの女性らしさまでをも高めてくれているような気がした。そうして、彼女自身、哲学書の文章をよく引用をしてもいた。それはシモーヌ・ヴェイユであったり、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインであったりなど、シモーヌ・ヴェイユに関してならば、『重力と恩寵』が有名で、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインに関してならば、『論理哲学論考』が有名であるように思われる。私自身はどちらの書籍も所有をしていて、『論理哲学論考』においては、何度も何度も再読をした。彼女がそうした記事をつづっていた背景には、早稲田大学第一文学部哲学科で哲学を専攻していた影響もあるのだろうが、彼女自身が”神”と呼ばれし存在を常に追い求めていた事情も影響も及ぼしているように思われる。故に、宗教に対する彼女の造詣も、哲学に対する造詣と同じくらいには深いものであった。

 

 記事を読み進めてゆく。すると、日を追う事に、彼女の精神状態が悪化の一途をたどってゆくという点に気がつく。だが、断りを入れると、彼女を取り巻く環境が決して悪かったというわけではない。人間関係に恵まれ、彼氏もいた。そうであっても、傍から見て幸せそうに見える人間も、追い詰められる時は普通に追い詰められるのだということを、彼女から学んだ。否、もしかすると、ただ単にそのように見えているだけであるのかもしれない。私には見えていない何かが、聡明な彼女の瞳には見えていたのであろうか……。さて、日記は終盤へ向かうにつれて、書籍からの引用が数を占めるようになる。今は亡き存在が、その心の叫びを書籍の引用から読者に発するその様が、私にはとてもつらく感ぜられた。彼女が追い求めた神が結果として彼女を救う事はなく、彼女の事を救ったのは、まさかの死神であったという……。なんと皮肉である事か……。

 

 彼女たちの話題はひとまずここまでとさせていただき、ここで私のかつてのツイートを引用させていただこうと思う。

 

 「ゲロヘラもりもりさんも高野悦子さんもなかいきあかちゃんさんも南条あやさんも二階堂奥歯も既にこの世にはおられない。彼女たちを神と仮定し、その神に全てを丸投げする事は己を放棄する事と同義だ。神はいない。この脆弱な己を支えられるものは神でもなければ宗教でもない、己自身なのである。」

 

 改めて、私自身、かつてこのようなツイートをした事があった。補足をすると、ゲロヘラもりもりさんというのは、2018年の1月31日に西武新宿線井荻駅にて飛び込み自殺を図られた女性のTwitterユーザーであり、なかいきあかちゃんさんというのは、2018年7月1日に近鉄橿原線近鉄郡山駅にてツイキャスで自殺配信をされた女性のTwitterユーザーである。死因が自殺という点では共通をしており、もしかするとそれに引き込まれ、今は亡き彼女たちの存在をあたかも神であるかのように感じるという方も中にはいらっしゃるかもしれない。彼女たちの存在をそのように仮定をし、心のよりどころとする事で己が少しでも生きやすくなるのであれば、そのように仮定をする事も生きる上での一つの手段だろう。ただ、そうした彼女たちが心のよりどころや、生きる上での指南となる事はあっても、自分の全てを救ってくれるとまでは限らない。結局のところ、自分を全てを救う事ができるのは、いつだって自分自身であるからだ。自分の事を一番理解できる存在が、自分自身であるように。

 

 学生時代は、彼女たちが書き記した文章が、私の全てを救ってくれると信じてやまなかった。無意識のうちにその文章を依拠の場ともしていた。けれども、全てを救うということは、全てを理解するということと同義であるように感じて、以降、私はその考えを、そうした文章が己の事をある程度救ってくれるという事はあっても、全てを救ってくれるとまでは限らないと思うようになった。神は全知全能であるという。全知全能であるということは、無論全てを理解しているということだ。ただ、彼女たちは人間であり、人間である以上、全知全能というわけでは決してない。その彼女たちを神と仮定する事は、どうも無理があるように思えてならないというわけである。

 

 以上、私が日記文学や彼女たちの存在を通して学んだ事を上記に述べた。10代の頃の私を幾度となく救い、生きる希望をも与えてもくれた日記文学。その事をここにつづり、子供であった当時の自分との決別を図りたい、その思いから今回、それに関する記事を執筆させていただいたという次第だ。

 

 前述をした通り、私の心はまだ19歳という年齢に縛られたままの亡霊のような状態にある。その年齢から解放をされて、大人としての第一歩を踏み出す時に差し掛かっているのではないか。明日の成人式を前に、その思いを強く実感をしているという次第である。

 

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喫煙のエルドラド、中国

 こちらの記事はお隣、中国の喫煙文化についてと、まさかの喫煙をすればするほどに健康となれるという事で有名な、かの中南海についてを、そうして、もう1つ、そこの高級品として知られるたばこの中華についてをレビューした記事である。

 

 まず始めに、中国は喫煙大国であり、そこはもう一言で表すと、まさに喫煙者にとってのエルドラドそのものだ。たばこの生産量と消費量とにおいては、それはもう世界最大の規模であり、その銘柄数は何と900にも上るとされている。喫煙者の数においては、約3億2千人とも言われており、世界の喫煙者の半分を中国が占める結果となっている。2016年の世界保健機構(WHO)の調査におけるデータでは、中国人男性の喫煙率が47.6%の第20位と高い傾向にある中で、一方の中国人女性の喫煙率は1.8%の第108位とかなり低い傾向が見受けられた。その理由に、中国には女性が喫煙をたしなむという事を、良しとしない風潮があるからだ。いわく、「女性の喫煙は売春婦や不良を連想させる」とのこと。それはともかく、中国は総人口のみならず、まさかの喫煙率もそれに劣らぬ数値であるので、さすがであるとしか言いようがない。

 

 日本のたばこは、その価格がどれも大体は似たり寄ったりである中、中国はその真逆をゆく。その落差がとにかく大きいということに定評がある。安価な物で言えば、1箱が日本円にして40円という破格が過ぎるものが。そうして、高価な物で言えば、1箱が日本円にして何と1000円にも及ぶザ・ピースと同等クラスの銘柄もある。この通り、ピンからキリまである中国のたばこだが、その中でも日本人にとりなじみの深い中国のたばこと言えば、中南海と、そうして、もう1つ、中国本土でもこちらでも高級品として有名な、赤色でまばゆいばかりの金色の装飾が施されたパッケージが誠に印象的な中華の2つではないだろうか。

 

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中南海で言えば、それのスーパーライト(タールは3mg)は470円、ライト(タールは8mg)も同じく470円であり、それのライト・メンソール(タールは8mg)、ワン・メンソール(タールは1mg)に至っては450円と、この通り非常に手頃な価格で入手をする事の可能な財布に優しい銘柄である。加えて、”甘草エキス(たんがきれやすい)と羅布麻草エキス(血流をスムースにする)を添加”しているという、まさかの体にも優しいたばこであるのだ。喫煙をすればするほどに健康となれる夢のようなたばこ、それはまさに、従来の喫煙の有害性を覆すかのようなアンチテーゼだ。

 

 ちなみに、こちらのライトを喫煙をした際の感想についてを述べると、のどあめをなめているかのような風味が第一の感想であった。漢方のような健康的な香りもこの銘柄の個性を際立たせており、この香りを嗅いだだけでもそれが中南海であると分かるほどには、香りがとにかく独特であるのだ。燃焼がとても早く、深く吸い込むと、あっという間に火種がフィルターにまで達してしまうので、喫煙後に物足りなさを感じた銘柄であった。漢方を服用したかのような独特の後味は、好悪が分かれるように思われる。ただ、前述をした価格で健康を手に入れることが可能であるのならば、試す価値は十分にあると言えよう。

 

 後者の中華。

 

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 こちらは表に天安門のイラストが描かれており、その裏には華表と呼ばれる日本のいわば鳥居的立ち位置にあるイラストが描かれている。その上に金文字でCHUNGHWAと記されている。さすがは「国煙」との相性で親しまれている高級品、注意書きが金文字であったりと、デザイン一つとってもなかなかの力の入りようである。しかし、この銘柄のさらに上をゆく銘柄は普通に存在をしている。その銘柄を例に挙げると、中国のかつての国家主席であられた鄧小平さんが愛煙をしていた事で有名な、中国本土で1箱1500円もする熊猫(パンダ)。青色を基調とした、中華に劣らぬきらびやかな装飾が印象的な、中国本土で1箱2500円もする真龍。そうして、私が知っている限りで、中国本土では最も高いと思われる1箱3000円もする道という名の、世界一高価なたばこで知られているかのトレジャラー・ブラックと肩を並べる価格の銘柄までもが、中国本土では至って普通に存在をしているというありさまだ。

 

 中国本土のたばこの価格がこれほどまでにも高価である理由は、一体なぜなのか……。それには中国ならではの、きちんとした理由がある。その理由とは、つまるところその銘柄が高価であればあるほどに自分の面子が立つと言われているからだ。中国にはあいさつがてら、先方にたばこを差し出すという中国独自の文化があり、その相手に差し出す銘柄の価格によって、自分のランクまでもが決まるとされている。故に、自分が普段愛煙をするたばこと、先方に差し出すたばことを分けておられる喫煙者の方も普通に存在をすると言われている。そうした理由から、中国ではその品質はさておき、銘柄の価格が日本で暮らすわれわれには考えられないほどに高騰をしているのだ。そうした文化を逆手に取り、高級な銘柄の贋作が、中国本土で流通をしているという事例も普通にある。それに絡んだものとしては、以前、中華の贋作が突如暴発をして、指が吹き飛んだという事故が発生をした。これは、中国のそうした文化が生んだ悲劇と言えよう。贋作が数多く出回る中、それが真作であるという事を証明すべく、中華の場合は、銀紙を光に当てると、そのホログラムが浮かび上がる仕様が施されている。

 

 この通り、中国には喫煙の文化が根付いており、その文化を表す言葉に「敬煙(敬意をもってたばこを勧める)」、「以煙待客(たばこで客をもてなす)」、「煙酒不分家(たばこやお酒があれば他人ではなくなる)」という言葉がある。これらの言葉がある事からも、中国という国においては、いかにたばこがコミュニケーションの場において潤滑油的役割を果たしているのかについてが見て取れるだろう。贈答品もたばこが最も無難とされている。そうして、仲がよい者同士ともなると、先方に向かってたばこの箱を投げるという行為が中国ではごく普通にある。それにもきちんとした意味があり、投げる側は、その相手の事を自分の仲間だと認識をしたという意味合いを込めて、たばこの箱を先方に投げる。投げられた側がその箱を受け取ると、投げた側の好意をしっかりと受け取ったという解釈がなされる。この光景は食事の場においてよく見られるとされる。これも日本にはあまり浸透をしていない、中国ならではの文化であろう。

 

 中国の喫煙率が極めて高い理由の背景には、喫煙をしている様を美化している風潮も影響を及ぼしているとされている。その証拠に、中国の映画では、主人公やその相手の喫煙シーンが度々流れるのだそうだ。一部の集落では、その風潮からか人前でわざわざ喫煙を、それもあえて高級な銘柄を人前で喫煙をされる方が多いという点に特徴がある。

 

 さて、ここまで喫煙の文化についてを述べた。以下に中国が喫煙大国であるゆえんと、前述をした中華のレビューについてを記そうと思う。

 

 タイトルの通り、中国が喫煙者にとってのエルドラド、いわば楽園である理由は、一言で言ってしまえば、中国自体が所構わず喫煙をできてしまうという夢のような国であるからだ。日本は喫煙スペースや分煙にひどく敏感な国であるが、中国は日本に比べ、そうした意識がお世辞にもまだまだ高いとは言い難い状態にある。過去には、その自由さが引き金となり、裁判にまで発展をしたケースもあった。だからといって禁煙に関する取り組みが今日に至るまで何も行われなかったのかと言えば、決してそうではない。事実、禁煙に関する条例が実際に施行をされたケースは過去にあるものの、中国人の「皆で喫煙をすれば、例え指定場所で喫煙をしても怖くない」という集団心理によって、それが成功をするといった事はほとんどなかった。故に、日本に観光に訪れた中国人は、日本の分煙や喫煙事情についてをよく「不便」であると語る。だが、自販機でたばこが売られている事については、「便利」であると語る。

 

 以上の理由が、中国が喫煙者のエルドラドと化しているざっくりとした理由である。以降、ここからは、中華に関するレビューを述べる事とする。

 

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 中華には、ソフトパックとボックスとの2種類があり、日本で現在主に展開をされている種類は、ソフトパックではなくボックスである。これらの相違点は、やはりまずその価格であろう。ボックス(タールは12mg)が600円であるのに対し、ソフトパック(タールは同じく12mg)が1050円という高級品っぷりであるからだ。これらは見た目でいえば、229との数字が先端に記されているかいないかというだけの違いであるのだが、実際に喫煙をするとその違いは瞭然。ボックスに比べ、ソフトパックは当初から非常によい香りを放っており、高級品という位置付けにも納得のゆく仕上がりとなっている。一方のボックスは、ソフトパックに比べて香りが弱いという風に感じた。

 

 鼻腔をくすぐる芳醇な香りに酔いしれながら、着火。甘くも控えめな優しい香りが私の事を包み込んだ。その甘さはごく自然な香りで、どことなく果物を彷彿とさせる。その上品な香りは、ピースと系統が同じであるように思われた。

 

 終始しっかりとしたうまみがあり、それでいて辛みは特になし。マイルドで、非常に吸いやすいたばこであるとの印象を受けた。高級品ながらも完全には洗練をされているというわけではなく、どこか素朴な味わいを残しつつも、けんらんな味わいに仕上がっている。その味わいは、日本にはない、中国を彷彿とさせる独特の風味であると感じた。同時に、その素朴さが、私に安心感を与えてくれた。フィルターのギリギリまで喫煙をして消火。その甘い余韻が、私の口内を満たしていたのであった。

 

 さすがは国が総力を挙げて製造をしている中国を代表する銘柄なだけあり、その品質は、日本のたばこにも劣らない良質なものであるとの断言をする事ができるだろう。この価格帯で販売をされている事にも納得のゆく一品だ。

 

 ソフトパックは日本での入手がほぼ困難であるので、それは自分に対するご褒美として喫煙をするようにしたいと考えている。ボックスはソフトパックに比べてわりと流通をしているので、今後はそちらから消費をしてゆく予定だ。

 

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年が明け、心機一転……?

 1月1日。年が明け、晴れて2020年となった。思えば、2019年はさまざまな出来事に見舞われ、いろいろと大変な1年であったように思われる。誇張をして言えば、20年間の人生の中で最も大変な1年であった。上半期はパチンコ店での労働に従事をして、その傍ら、元彼と同棲の事についてを度々話し合っていた。元彼が自身の精神疾患を免罪符に労働から逃避をする中、私は、パチンコ店の月給だけで彼の事を養い、同時に、2人での生活のシミュレーションを脳内で幾度となく繰り返しつつ、そうした日々を過ごしていたのだ。

 

 これからは私が彼の事をしっかりと支え、余裕が生まれたら彼と結婚をしたい。そうして、できれば彼との子供ももうけたい。女性の稼ぎのみではいろいろと限界があるという事をきちんと分かっていながらも、彼に対する強い慕情から、そのような事を真剣に考えていたのだ。今振り返れば、スケールがさすがに壮大過ぎる。けれども、恋は盲目とも言う。彼に対する気持ちの強さから、いろいろなものがぼやけ、その結果、何もかもが見えなくなってしまっていた。

 

 1月、2月……とにかく楽しい時期であった。彼のその端正なルックスが、私のステータスまでをも高めてくれているような気がしていた。「ジャニーズに所属をしていても違和のない容姿」、周囲の人々が口癖のごとく彼の事をそのように持てはやし、私はまさに鼻高々。同時に、それが私の自信にもつながっていった。

 

 しかし、3月。別れの時は突如として訪れた。違法薬物の乱用がきっかけで、彼は精神科病院に入院をする事となったのだ。そこに至るまでの経緯は、Tumbl https://tears-of-corpse.tumblr.com/の「連絡」という記事に仔細に記してあるので、割愛をさせていただくこととする。初めの頃は、その病院の送迎バスに乗って彼のお見舞いに足を運んでいたのだが、同月に私自身も精神状態が不調となり、くしくも彼と同じ精神科病院に入院をする事が決まった。

 

 そうして、入院を果たしてから数週間が経過をした頃に、私は彼と作業療法の時間にたまたま再会をした。私はもちろん彼に声を掛けた。一方の彼は、私に久しぶりとの声を掛けた後、私の事をどこか煩わしげにあしらい、それから、同じ病棟と思しき女性たちと楽しげに会話を再開したのであった。私はそれに少し寂しさを覚え、同時に、不吉な予感を抱いたのでもあった。

 

 その不吉な予感は見事に的中をし、彼とは破局。そんな彼の現状についてを述べると、私と交際をしていた頃から相も変わらず、今も尚日中からソーシャルゲームを満喫しているのだそうだ。ここ最近は、それが原因により引き戸のガラスを破壊したと本人がTwitterで公言をしていた。彼に対する思いが以前に比べて薄れた今ならば、彼との破局は正しい結末であったと言える自信がある。好きという気持ちだけでは、結婚生活を到底営んでゆけないという事実も、私1人の稼ぎのみでは、厳しい生活を強いられるという事実も、本当は本当は分かっていたのだ。けれども、そうした事実から目を背け続けていたのであった。

 

 自殺未遂、破局……そうして、パチンコ店を同月下旬に辞職。そうした波乱に満ちた3月は過ぎ去り、4月、5月と、代わり映えのない日々を病院で過ごし、6月に無事退院が確定をした。しかし、程なくして、地下鉄の線路で再び自殺未遂。救急車で近隣の病院に搬送をされた。ちなみに、運び込まれた病棟は急性期病棟で、そこには私よりも重篤な患者の方が普通にいらっしゃるというような、非常に緊迫感のある病棟であった。看護師の方が病棟内を常に忙しなく動き回っておられた事が印象的であった。

 

 そこは精神科も併設をされていたので、私は程なくして急性期病棟からそこの精神科病棟に転棟。転棟後は、母親のスマートフォンから自身が起こした人身事故にまつわるネットニュースをひたすら拝見をして回った。主治医も優しく、ベッドが隣同士の患者の方を除けば、比較的ストレスフリーな入院生活を送る事ができたのであった。翌日、現在も通院をしている精神科病院に転院。そこで現在の主治医と出会った。

 

 転院後の6月から9月までをそこの病院で過ごし、退院後は、今もお世話となっている作業所に通所をするという現在の生活スタイルを確立するに至った。今日に至るまでのほとんどを病院で過ごしたという事になるわけだ。インターネットの制限が一切ない自宅での生活は、自由に、かつ、好きな時に外出をする事の可能な自宅での生活は、とにかく素晴らしい。最近の私は、日々そのように思いつつ過ごしているという次第である。

 

 以降は、作業所と自宅とを行き来するだけの、ただただ虚無のような日々を過ごし、気が付くと既に大みそかの当日であったというわけだ。その時の事についてを記しつつ、年が明けてからの事も記そうと思う。ここまでの文章は、つまるところ2019年の大晦日までの総括だ。

 

 大みそかに私が何をしていたのかというと、こちらで作業所での忘年会にまつわる記事を執筆して更新。それから、日中に起床を遂げて母親とスーパーにゆき、『精神分析入門』の上下巻を購入。その後はコメダ珈琲店に母親と仲良くシロノワールプリンを食べにゆき、ブックオフで書籍を購入をしたという流れだ。

 

 その時の写真がこちらだ。

 

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 私自身、コメダ珈琲店シロノワールを初めて食したのだが、それがあまりにもおいしかったので、瞬く間にペロリと完食をした。そのパイ生地には、プリンの風味のクリームがサンドをされていたのだが、思っていたほどのしつこさはなく、後味もそれほど悪くはなかった。機会があればまた食べたいと思えるほどに美味なスイーツであった。

 

コメダ珈琲店を後にして向かったブックオフでは、リカシリーズの続編にあたる『リハーサル』という作品を購入して、大みそかから元旦の期間にかけて読破をした。登場人物の緻密な心理描写や、リカの常軌を逸した執着心と、自身にとり邪魔者であるとの判断を下した人間の事を容赦なく排除するリカのその行動力に、ただただ圧倒をしたのであった。

 

 大みそかをそのようにして過ごし、元旦に備える。そうして、年が明けて2020年の1月1日。晴れて元旦を迎えた。早起きをしようと安定剤と睡眠薬とを1時頃に服薬をして、その後、眠りに就いた……のだが、起床をして時刻を確認すると、既に正午が終わろうとしていたために、起床早々から絶句をした。初詣に参拝をする予定を立てていたので、この時間帯からの初詣は神社が人であふれ返っているに違いない、そのようにも感じて絶句をしたのだ。しかし、こればかりはどうしようもない。できる限りのスピードで用意を済ませ、初詣に向かった。

 

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 これはその当時の写真である。たき火に当たる方、焼香をされる方、梵鐘を鳴らす方など……とにかくたくさんの方がいて、拝見をしているこちらまでもが楽しい気持ちとなれた。焼香の煙を嗅いだ後、本殿にゆき、さまざまな事を祈願をした。元彼以上によいと思えるような方が私の前に現れますようにといった願いや、無病息災、文才が向上をしますようにといった事などを、五円硬貨に込めてひたすら祈願した。昨年よりも笑顔が増えますように、とも。

 

 ちなみに、その神社はちょうど元彼の地元にあるのだが、彼と交際をしていた頃、そこによく家族と初詣にゆくと元彼が私に教えてくれた事があり、そのため、彼とそこで再会をしまいかと非常におびえていたのだが、正月早々からの修羅場は何とか回避をする事ができたのであった。一安心だ。

 

 初詣を終えてからは、ショッピングモールにゆき、そこで福袋を購入。その後、昼食を食べた。いざ福袋の中身を確認すると、そのほとんどがスポーツ用品ばかりで、普段運動をしない私にとってはあまりうれしくない物ばかりであった。可能であるのならば、メルカリか何かに出品をしたい物ばかりである。その中には、ボクシングのグローブを両手にはめて、カメラ目線でにっこりとほほ笑む少年の写真と、その写真が入った写真立てもあって、それはひとまず自室に飾っておいた。

 

 買い物を終えて帰宅。夜は親戚一同と揚げ物や焼き肉などを食した。腹一杯となったところで前述をした小説を読破し、以降はTwitterツイキャスとに時間を割いた。そうして、三賀日の2日目を迎えた。簡潔に1日の流れを述べると、実家に帰省をし、その地元で真っ昼間からパチンコを心ゆくまで打ったという事情だ。パチンコ自体は久々であったのだが、それでも、体がその感覚をきちんと覚えていた。2時間ほど打ち続け、飽きを感じたところで台から撤収。店を後にしたその瞬間、私の体を突如空腹感が襲ったのであった。冷え切ったベンチに腰掛け、そこで一服。一服を終えてからは、周辺をあてもなくブラブラとした。

 

 と、ここまでが今日に至るまでの出来事である。この先の出来事についても執筆をしてよいのだが、記事が単調となるので、あえて控えておこうと思う。

 

 さて、皆様方にとっての2020年が良い1年となる事を祈りながら、こちらの記事を締めくくらせていただく事とする。

 

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メンヘラ・忘年会潜入レポート

 遅ばせながら、作業所で12月27日の金曜日に行われた忘年会の事についてを執筆させていただこうと思う。私自身、忘年会という行事に対し、当初は、アルコールを飲みつつ、他者と延々とコミュニケーションを交わすだけの会であるとのイメージを抱いていた。私のそうしたイメージは、Twitter上で散見をされる忘年会にまつわる負のツイートによって形成をされた部分が、かなり大きいかもしれない。

 

 そのようなイメージを抱きながら、作業所の忘年会に参加をした。当初、私は「忘年会、他者とのコミュニケーションを排除した、ただ単にアルコールを飲むだけの会であればもっと最高なのにな。」Twitterでこのようにツイートをしていた事からも分かる通り、忘年会という行事に対し、かなりの負のイメージを抱いていたのだ。そうして、誰かがかつて、「忘年会は、お酒好きにはたまらなくよい行事であるけれども、お酒が好きでも何でもない人間にとっては、上司の話に長時間も付き合わなければならないだけの、ただただ苦痛でしかない行事だ」という風に述べていた。やはり忘年会という行事は、負の印象が先行をしているまさに苦行のような行事であるのだという事が、この言葉からも見て取れる。

 

 さて、本題に移ろう。いつも通りの時間に送迎の車に乗り込み、そのまま作業所に。到着後は下車をして、作業所の扉を開いた。前述をした気持ちはどこへやら、私の気持ちはその時、とにかく極限まで高まっていたように思われる。何だかんだ言っても本心では楽しみにしていたのかもしれない、作業所での忘年会を。何せ私自身、こうした行事を人生で一度も経験をした事がなかったので、そうした事情も影響を及ぼしていたのではないのだろうか。

 

 部屋に入り、椅子に腰掛ける。机上にはたくさんのお菓子が入った容器が置かれていて、その瞬間、私が連想をしたものは、忘年会ではなく小学生たちが催すようなお誕生日会の類であった。そうして、前方に設置をされたテレビからは、子供向け映画の映像が流れていて、それはもう、どこをどう見ても小学生のお誕生日会そのものとしか言いようがなかった。それでも、私の気分が尚も弾んでいたのは、アルコール、ただし、ノンアルコールをただで飲めるから、ただそれだけの理由からだ。先程引用をさせていただいた例の言葉の意味が、その瞬間、すっと腑に落ちたように感ぜられた。

 

 利用者さんと二言三言会話を交えつつ、その時を待つ。合間の一服も忘れない。そこから1時間ほどが経過をして、利用者さんがある程度集まったところで忘年会は始まった。サービス管理者さんの2019年の総括の言葉から忘年会は始まり、その後、ヘルパーさんによってビンゴカードが配布をされた。景品があると聞いてはいたものの、それにそこまで期待を寄せていなかった私は、適当にそのカードを選択したのであった。聞くところによると、それはお遊戯会のビンゴ大会で提供をされるような代物ではなく、きちんとした豪華景品であるとのことだったので、その瞬間、ビンゴカードを適当に選択をした事を非常に後悔した。……けれども、そうであっても当たる時は当たるらしい。当初はなかなか当たりとならず、それにもどかしさを感じていたものの、後半から突如として軌道に乗り、その結果、私は見事二等賞となった。

 

 その時の景品がこちらである。

 

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 フォンデュの機会だ。本当は、同じく二等賞の景品であるポットが欲しかったのだが(強欲)、それは私よりも先に二等賞となられた利用者さんが獲得をされたので、結果としてフォンデュの機械を受け取ったという次第だ。ちなみに、こちらの機会、チーズフォンデュはもちろんのこと、チョコレートフォンデュも可能であるというマルチっぷりであり、時期はまだ未定だが、これを用いてのフォンデュパーティーをいずれは開きたいと考えている。その時の事もまた記事とする予定だ。

 

 以降もビンゴ大会は続き、箱に入った番号札を何度か引かせていただいたりもした。二等賞以降の景品もなかなかに豪華であり、なかなかの力の入りようだった。利用者さんのほとんどが景品を受け取られたところで、ビンゴ大会はお開きに。ビンゴ大会が終わってからは、テレビをJOYSOUNDと連携させてのカラオケ大会が行われた。利用者さんたちがこぞって歌唱をされてゆく中、私もそこに混じって歌唱をする。フラワーカンパニーズさんの「深夜高速」、globeさんの「FREEDOM」など、とにかくたくさんの曲を歌い切った。特に「深夜高速」に関しては、ヘルパーさんいわく「聴いていて感動をした」曲であるらしい。

 

 ”生きててよかった そんな夜を探してる”精神が安定をせず、文字通りまさに人生のどん底をさまよっていた時に私自身、そのような瞬間を探していた経験が何度かあるので、この歌詞が言わんとしている事は、本当によく分かるのだ。だから、この歌詞がヘルパーさんの胸を打ったという理由もよく分かる。

 

 それから、昼食の時間を迎え、ノンアルコールの入った瓶の王冠が、ヘルパーさんの手によって空けられた。待ちに待った瞬間である。ドキドキとしつつそれが入った紙コップに口をつけたのだが、その感想としては、風味が炭酸ジュースそのものであり、故に、この程度のアルコールで酔えるという事があまり理解をできないとの印象を受けた。アルコールの度数が1%未満であれば、ノンアルコールとの表記をしてもよいらしいので、事実、アルコールが含まれている事にはきちんと含まれているのだ。

 

 完飲をしたものの、少し物足りなさを覚えて、普段からお酒を飲まないという利用者さんから、その方の分もいただいて飲んだ。ちなみに、私は自他ともに認める酒豪なので、この程度のアルコールでは結果として酔う事がかなわなかったわけであるのだが。

 

 ご飯を食べ終えてからは、再びカラオケ大会に。各自が思い思いの歌を歌い、カラオケ大会はかなりの盛り上がりを見せる。私が普段、どのような曲を聴いているのかという事についてを知っているヘルパーさんが、私にまさかの「攻撃線だ」をリクエストして、私は実際にそれに応じようとした。つまるところ「攻撃線だ」の歌唱を試みたのだ。しかし、JOYSOUNDにその項目がなかったため、代わりに「檄!帝国華撃団」という『新サクラ大戦』の曲を歌唱した。ひたすらに攻撃と連呼をするようなプロパガンダソングを歌唱するよりも、このようなアニメソングを歌う方が、何倍も平和であるように思う。

 

 その後は、お菓子をつまみながら、利用者さんたちの歌声に聞き入った。そうこうしているうちにも終わりの時間は訪れて、締めに松任谷由実さんの曲が流れた後、作業所の忘年会はお開きとなった。今年の行事はひとまずこれで終わりを告げたものの、年明けにはまた新年会なるものが行われるのだそうだ。その新年会では、サービス管理者さんにヘルパーさん、そうして、利用者さんたちと共に出雲大社を参拝するとの事であるらしい。

 

 何を祈願するのかについては、現段階では特にはまだ決めていないのだが、とりあえずは入院をせず、無病息災で過ごせる事を祈願しようと考えている。

 

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労働という名の明けない攻撃戦

 作業所での本年度の仕事が、本日12月26日をもって無事終了をした。いわゆる仕事納めというものである。当初は、コーヒーフィルターが入ったダンボールが、床に8箱以上も置かれていて、それら全てを本日以内に終わらせなければならないというプレッシャーに心が押し潰されそうとなっていたものの、さすがはこの作業を専門としている2階。思っていたよりもハイペースでこの作業は終了をした。

 

 サービス管理者の名前が記された印鑑を捺印する作業を担当する方。そうして、私と同じくコーヒーフィルターを袋詰めする方とに分かれて本日の作業は行われた。私は、作業の際にYouTubeなどでよく楽曲を拝聴しているのだが、最近はコンギョの愛称で知られる北朝鮮の軍歌の『攻撃戦だ』を拝聴しながら、この単調で刺激の乏しい作業に勤しんでいる。これを拝聴していると、覇気が鼓舞をされて労働に対する意欲が、心なしか向上をするように思うので、最近の私にとり、いろいろと欠かせない作業用BGMとなっているのだ。

 

 ちなみに、ニコニコ動画にこの『攻撃戦だ』のPVがアップロードをされているのだが、その冒頭に登場をする赤旗は、共産主義社会主義を表しているらしく、一説によると、それは労働者の血によって染まった赤色であると言われている。そうして、もう1つ、そこに登場をする兵隊を乗せた千里馬は、1日に何と千里もの距離を走る朝鮮半島における伝説上の馬であり、その千里馬がモチーフの『千里馬走る』https://m.youtube.com/watch?v=pZ8fUF3laYE という曲もYouTubeにアップロードをされているので、気になる方はぜひとも聴いてみるとよいだろう。

 

 それを拝聴しながら、労働という名の明けない攻撃戦を最近はやり過ごし、本日、ようやく仕事納めに至ったという次第だ。今年の9月下旬から現在の作業所に通所を始めて、当初は、別室やベッドなどで度々休息をしつつ、作業に勤しんでいた私であるのだが、最近は休息を挟まずとも作業をこなせるまでのレベルとなった。これでも数カ月前までは、精神科病院での入退院を繰り返している、れっきとした一精神疾患者に過ぎなかったわけであるのだけれども。

 

 そうして、最近の私は、オーバードースリストカットなどといった周囲がイメージをするような自傷行為からは距離を置いており、処方薬も朝、夕、就眠前と毎日欠かさずに飲む事を心掛けている。現在、そのような形式の自傷行為に代わって私のお気持ちを支えてくれているものが、たばこだ。たばこを買う事は、恋人に物を貢ぐ事にとても似ているように思われる。たばこのためにならばと、作業所で稼いだすずめの涙以下のお金からその費用を捻出しているのが、私の現状である。ここまで来ると喫煙のために生きているのか、生きるために喫煙をしているのかがよく分からなくなってしまう。

 

 自分を傷つけず、大切に扱うという事が私の今現在の目標であるのだが、それは私にとり非常に難しい。喫煙もそれらと同じく本当はやめてしまいたいのに、恐怖や不安の内圧が高まると、無意識のうちにそれで心身を落ち着かせようとする自分がいる事を私自身、きちんと理解をしている。だから、ここでの問題点は、それを無理に断つということではなく、それに代わる何かを見つけるということであるように思われる。私の場合、前述をした自傷行為でそうした欲求を解消する事がなくなった代わりに、マイナスな欲求を恐らくは喫煙で満たすようになったのではないかとの解釈をしている。だから、私の人生は、何かを犠牲にする事によって成り立つのだろう。

 

 さて、話を戻そう。仕事納めが一段落着いたちょうどその時、市の社会福祉士さん、心理士さん、精神保健福祉士さんとが、作業所の2階に顔をのぞかせた。私がいつもお世話となっている方々だ。そこからは、各々用意をされた椅子に座り、各々の着席と同じタイミングで、私は自分の胸襟をぽつりぽつりと吐露し始めた。漠然とした希死念慮に心中を覆われている事、過去を振り返る時間が増えた事、一般企業への就労が恐怖であり、その事を思うと体が震え、涙がこぼれ落ちるという事など……とにかく、普段はあまり打ち明ける事のできずにいる悩みを、時間が許す限り話し続けた。

 

 彼らは私の悩みに対し、適度に相づちを打ち、そうして、その思いの丈をしっかりと受容してくれた。「静深さんが日々何を思い、何を考えて生きているのかが、そうして、将来をきちんと見据えて生きているのだという事が、静深さんの説明からしっかりと伝わってくる」話に耳を傾けておられた社会福祉士さんが、ノートを記す手を休め、そのようなコメントを口にしたのだった。自分の気持ちを口にしていた時、自分では気づかずにいた事に気がついたりもした。

 

 その時に述べた事としては、

 

・不安定な気持ちに左右をされぬよう、常に頓服薬を持ち歩いている。

 

・家族に心配をかけぬよう、自分の気持ちは周囲にあらかじめ伝えておく。

 

・なるべく入院はしない。1年間以上、通院以外の日は作業所にしっかりと通所をする。

 

・過去を美化してばかりいるのではなく、現在進行形で頑張っている自分の事を認め、積極的に褒めるようにする。

 

 当初は、さまざまなプライドから、自己肯定感が著しく低下をし、自尊心もほぼ皆無という異常事態に陥っていた。それは、工賃の低さも影響を及ぼしていて、また、学歴という自分が努力をして積み上げてきたスキルを捨て去り、利用者さんと同じスタートラインに立つという悔しさも影響を及ぼしていたように思われる。しかし、現在の私は、そうした経緯を経て、現在の自分の状況をきちんと甘んずる事ができるまでに成長をした。

 

 きっとそれは、利用者さんと同じスタートラインに立ち、目指す最終地点が同じであるという以上は、己の過去の栄光から脱却をし、新たな自分として頑張ってゆくという事の大切さを作業所で身を持って学んだからだ。「工賃も最低賃金以下、そのような場所に通所をする事に、一体どのような意味があるのか」かつて他人からそのように問われた経験もあるのだが、その意味を説くつもりは特にない。その意味は、他人ではなく、その環境に置かれた当事者がしっかりと理解していればよいのではないか、と思う。

 

 話の最中、送迎の時間という事で彼らとの面談は、いったん終了をした。「続きはまた来月に」社会福祉士さんが私に一言そのように告げた後、私たちはそのまま別れた。

 

 さて、本日の仕事納めにまつわる話はここまでとさせていただく。ちなみに、明日は作業所にて忘年会が行われる予定である。本日はそれを楽しみに就眠をするつもりだ。

 

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