淡色に染まりし憂愁

軽薄なる淡色の涙に魅せられて

労働という名の明けない攻撃戦

 作業所での本年度の仕事が、本日12月26日をもって無事終了をした。いわゆる仕事納めというものである。当初は、コーヒーフィルターが入ったダンボールが、床に8箱以上も置かれていて、それら全てを本日以内に終わらせなければならないというプレッシャーに心が押し潰されそうとなっていたものの、さすがはこの作業を専門としている2階。思っていたよりもハイペースでこの作業は終了をした。

 

 サービス管理者の名前が記された印鑑を捺印する作業を担当する方。そうして、私と同じくコーヒーフィルターを袋詰めする方とに分かれて本日の作業は行われた。私は、作業の際にYouTubeなどでよく楽曲を拝聴しているのだが、最近はコンギョの愛称で知られる北朝鮮の軍歌の『攻撃戦だ』を拝聴しながら、この単調で刺激の乏しい作業に勤しんでいる。これを拝聴していると、覇気が鼓舞をされて労働に対する意欲が、心なしか向上をするように思うので、最近の私にとり、いろいろと欠かせない作業用BGMとなっているのだ。

 

 ちなみに、ニコニコ動画にこの『攻撃戦だ』のPVがアップロードをされているのだが、その冒頭に登場をする赤旗は、共産主義社会主義を表しているらしく、一説によると、それは労働者の血によって染まった赤色であると言われている。そうして、もう1つ、そこに登場をする兵隊を乗せた千里馬は、1日に何と千里もの距離を走る朝鮮半島における伝説上の馬であり、その千里馬がモチーフの『千里馬走る』https://m.youtube.com/watch?v=pZ8fUF3laYE という曲もYouTubeにアップロードをされているので、気になる方はぜひとも聴いてみるとよいだろう。

 

 それを拝聴しながら、労働という名の明けない攻撃戦を最近はやり過ごし、本日、ようやく仕事納めに至ったという次第だ。今年の9月下旬から現在の作業所に通所を始めて、当初は、別室やベッドなどで度々休息をしつつ、作業に勤しんでいた私であるのだが、最近は休息を挟まずとも作業をこなせるまでのレベルとなった。これでも数カ月前までは、精神科病院での入退院を繰り返している、れっきとした一精神疾患者に過ぎなかったわけであるのだけれども。

 

 そうして、最近の私は、オーバードースリストカットなどといった周囲がイメージをするような自傷行為からは距離を置いており、処方薬も朝、夕、就眠前と毎日欠かさずに飲む事を心掛けている。現在、そのような形式の自傷行為に代わって私のお気持ちを支えてくれているものが、たばこだ。たばこを買う事は、恋人に物を貢ぐ事にとても似ているように思われる。たばこのためにならばと、作業所で稼いだすずめの涙以下のお金からその費用を捻出しているのが、私の現状である。ここまで来ると喫煙のために生きているのか、生きるために喫煙をしているのかがよく分からなくなってしまう。

 

 自分を傷つけず、大切に扱うという事が私の今現在の目標であるのだが、それは私にとり非常に難しい。喫煙もそれらと同じく本当はやめてしまいたいのに、恐怖や不安の内圧が高まると、無意識のうちにそれで心身を落ち着かせようとする自分がいる事を私自身、きちんと理解をしている。だから、ここでの問題点は、それを無理に断つということではなく、それに代わる何かを見つけるということであるように思われる。私の場合、前述をした自傷行為でそうした欲求を解消する事がなくなった代わりに、マイナスな欲求を恐らくは喫煙で満たすようになったのではないかとの解釈をしている。だから、私の人生は、何かを犠牲にする事によって成り立つのだろう。

 

 さて、話を戻そう。仕事納めが一段落着いたちょうどその時、市の社会福祉士さん、心理士さん、精神保健福祉士さんとが、作業所の2階に顔をのぞかせた。私がいつもお世話となっている方々だ。そこからは、各々用意をされた椅子に座り、各々の着席と同じタイミングで、私は自分の胸襟をぽつりぽつりと吐露し始めた。漠然とした希死念慮に心中を覆われている事、過去を振り返る時間が増えた事、一般企業への就労が恐怖であり、その事を思うと体が震え、涙がこぼれ落ちるという事など……とにかく、普段はあまり打ち明ける事のできずにいる悩みを、時間が許す限り話し続けた。

 

 彼らは私の悩みに対し、適度に相づちを打ち、そうして、その思いの丈をしっかりと受容してくれた。「静深さんが日々何を思い、何を考えて生きているのかが、そうして、将来をきちんと見据えて生きているのだという事が、静深さんの説明からしっかりと伝わってくる」話に耳を傾けておられた社会福祉士さんが、ノートを記す手を休め、そのようなコメントを口にしたのだった。自分の気持ちを口にしていた時、自分では気づかずにいた事に気がついたりもした。

 

 その時に述べた事としては、

 

・不安定な気持ちに左右をされぬよう、常に頓服薬を持ち歩いている。

 

・家族に心配をかけぬよう、自分の気持ちは周囲にあらかじめ伝えておく。

 

・なるべく入院はしない。1年間以上、通院以外の日は作業所にしっかりと通所をする。

 

・過去を美化してばかりいるのではなく、現在進行形で頑張っている自分の事を認め、積極的に褒めるようにする。

 

 当初は、さまざまなプライドから、自己肯定感が著しく低下をし、自尊心もほぼ皆無という異常事態に陥っていた。それは、工賃の低さも影響を及ぼしていて、また、学歴という自分が努力をして積み上げてきたスキルを捨て去り、利用者さんと同じスタートラインに立つという悔しさも影響を及ぼしていたように思われる。しかし、現在の私は、そうした経緯を経て、現在の自分の状況をきちんと甘んずる事ができるまでに成長をした。

 

 きっとそれは、利用者さんと同じスタートラインに立ち、目指す最終地点が同じであるという以上は、己の過去の栄光から脱却をし、新たな自分として頑張ってゆくという事の大切さを作業所で身を持って学んだからだ。「工賃も最低賃金以下、そのような場所に通所をする事に、一体どのような意味があるのか」かつて他人からそのように問われた経験もあるのだが、その意味を説くつもりは特にない。その意味は、他人ではなく、その環境に置かれた当事者がしっかりと理解していればよいのではないか、と思う。

 

 話の最中、送迎の時間という事で彼らとの面談は、いったん終了をした。「続きはまた来月に」社会福祉士さんが私に一言そのように告げた後、私たちはそのまま別れた。

 

 さて、本日の仕事納めにまつわる話はここまでとさせていただく。ちなみに、明日は作業所にて忘年会が行われる予定である。本日はそれを楽しみに就眠をするつもりだ。

 

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