淡色に染まりし憂愁

軽薄なる淡色の涙に魅せられて

年が明け、心機一転……?

 1月1日。年が明け、晴れて2020年となった。思えば、2019年はさまざまな出来事に見舞われ、いろいろと大変な1年であったように思われる。誇張をして言えば、20年間の人生の中で最も大変な1年であった。上半期はパチンコ店での労働に従事をして、その傍ら、元彼と同棲の事についてを度々話し合っていた。元彼が自身の精神疾患を免罪符に労働から逃避をする中、私は、パチンコ店の月給だけで彼の事を養い、同時に、2人での生活のシミュレーションを脳内で幾度となく繰り返しつつ、そうした日々を過ごしていたのだ。

 

 これからは私が彼の事をしっかりと支え、余裕が生まれたら彼と結婚をしたい。そうして、できれば彼との子供ももうけたい。女性の稼ぎのみではいろいろと限界があるという事をきちんと分かっていながらも、彼に対する強い慕情から、そのような事を真剣に考えていたのだ。今振り返れば、スケールがさすがに壮大過ぎる。けれども、恋は盲目とも言う。彼に対する気持ちの強さから、いろいろなものがぼやけ、その結果、何もかもが見えなくなってしまっていた。

 

 1月、2月……とにかく楽しい時期であった。彼のその端正なルックスが、私のステータスまでをも高めてくれているような気がしていた。「ジャニーズに所属をしていても違和のない容姿」、周囲の人々が口癖のごとく彼の事をそのように持てはやし、私はまさに鼻高々。同時に、それが私の自信にもつながっていった。

 

 しかし、3月。別れの時は突如として訪れた。違法薬物の乱用がきっかけで、彼は精神科病院に入院をする事となったのだ。そこに至るまでの経緯は、Tumbl https://tears-of-corpse.tumblr.com/の「連絡」という記事に仔細に記してあるので、割愛をさせていただくこととする。初めの頃は、その病院の送迎バスに乗って彼のお見舞いに足を運んでいたのだが、同月に私自身も精神状態が不調となり、くしくも彼と同じ精神科病院に入院をする事が決まった。

 

 そうして、入院を果たしてから数週間が経過をした頃に、私は彼と作業療法の時間にたまたま再会をした。私はもちろん彼に声を掛けた。一方の彼は、私に久しぶりとの声を掛けた後、私の事をどこか煩わしげにあしらい、それから、同じ病棟と思しき女性たちと楽しげに会話を再開したのであった。私はそれに少し寂しさを覚え、同時に、不吉な予感を抱いたのでもあった。

 

 その不吉な予感は見事に的中をし、彼とは破局。そんな彼の現状についてを述べると、私と交際をしていた頃から相も変わらず、今も尚日中からソーシャルゲームを満喫しているのだそうだ。ここ最近は、それが原因により引き戸のガラスを破壊したと本人がTwitterで公言をしていた。彼に対する思いが以前に比べて薄れた今ならば、彼との破局は正しい結末であったと言える自信がある。好きという気持ちだけでは、結婚生活を到底営んでゆけないという事実も、私1人の稼ぎのみでは、厳しい生活を強いられるという事実も、本当は本当は分かっていたのだ。けれども、そうした事実から目を背け続けていたのであった。

 

 自殺未遂、破局……そうして、パチンコ店を同月下旬に辞職。そうした波乱に満ちた3月は過ぎ去り、4月、5月と、代わり映えのない日々を病院で過ごし、6月に無事退院が確定をした。しかし、程なくして、地下鉄の線路で再び自殺未遂。救急車で近隣の病院に搬送をされた。ちなみに、運び込まれた病棟は急性期病棟で、そこには私よりも重篤な患者の方が普通にいらっしゃるというような、非常に緊迫感のある病棟であった。看護師の方が病棟内を常に忙しなく動き回っておられた事が印象的であった。

 

 そこは精神科も併設をされていたので、私は程なくして急性期病棟からそこの精神科病棟に転棟。転棟後は、母親のスマートフォンから自身が起こした人身事故にまつわるネットニュースをひたすら拝見をして回った。主治医も優しく、ベッドが隣同士の患者の方を除けば、比較的ストレスフリーな入院生活を送る事ができたのであった。翌日、現在も通院をしている精神科病院に転院。そこで現在の主治医と出会った。

 

 転院後の6月から9月までをそこの病院で過ごし、退院後は、今もお世話となっている作業所に通所をするという現在の生活スタイルを確立するに至った。今日に至るまでのほとんどを病院で過ごしたという事になるわけだ。インターネットの制限が一切ない自宅での生活は、自由に、かつ、好きな時に外出をする事の可能な自宅での生活は、とにかく素晴らしい。最近の私は、日々そのように思いつつ過ごしているという次第である。

 

 以降は、作業所と自宅とを行き来するだけの、ただただ虚無のような日々を過ごし、気が付くと既に大みそかの当日であったというわけだ。その時の事についてを記しつつ、年が明けてからの事も記そうと思う。ここまでの文章は、つまるところ2019年の大晦日までの総括だ。

 

 大みそかに私が何をしていたのかというと、こちらで作業所での忘年会にまつわる記事を執筆して更新。それから、日中に起床を遂げて母親とスーパーにゆき、『精神分析入門』の上下巻を購入。その後はコメダ珈琲店に母親と仲良くシロノワールプリンを食べにゆき、ブックオフで書籍を購入をしたという流れだ。

 

 その時の写真がこちらだ。

 

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 私自身、コメダ珈琲店シロノワールを初めて食したのだが、それがあまりにもおいしかったので、瞬く間にペロリと完食をした。そのパイ生地には、プリンの風味のクリームがサンドをされていたのだが、思っていたほどのしつこさはなく、後味もそれほど悪くはなかった。機会があればまた食べたいと思えるほどに美味なスイーツであった。

 

コメダ珈琲店を後にして向かったブックオフでは、リカシリーズの続編にあたる『リハーサル』という作品を購入して、大みそかから元旦の期間にかけて読破をした。登場人物の緻密な心理描写や、リカの常軌を逸した執着心と、自身にとり邪魔者であるとの判断を下した人間の事を容赦なく排除するリカのその行動力に、ただただ圧倒をしたのであった。

 

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 大みそかをそのようにして過ごし、元旦に備える。そうして、年が明けて2020年の1月1日。晴れて元旦を迎えた。早起きをしようと安定剤と睡眠薬とを1時頃に服薬をして、その後、眠りに就いた……のだが、起床をして時刻を確認すると、既に正午が終わろうとしていたために、起床早々から絶句をした。初詣に参拝をする予定を立てていたので、この時間帯からの初詣は神社が人であふれ返っているに違いない、そのようにも感じて絶句をしたのだ。しかし、こればかりはどうしようもない。できる限りのスピードで用意を済ませ、初詣に向かった。

 

 

 

 これはその当時の写真である。たき火に当たる方、焼香をされる方、梵鐘を鳴らす方など……とにかくたくさんの方がいて、拝見をしているこちらまでもが楽しい気持ちとなれた。焼香の煙を嗅いだ後、本殿にゆき、さまざまな事を祈願をした。元彼以上によいと思えるような方が私の前に現れますようにといった願いや、無病息災、文才が向上をしますようにといった事などを、五円硬貨に込めてひたすら祈願した。昨年よりも笑顔が増えますように、とも。

 

 ちなみに、その神社はちょうど元彼の地元にあるのだが、彼と交際をしていた頃、そこによく家族と初詣にゆくと元彼が私に教えてくれた事があり、そのため、彼とそこで再会をしまいかと非常におびえていたのだが、正月早々からの修羅場は何とか回避をする事ができたのであった。一安心だ。

 

 初詣を終えてからは、ショッピングモールにゆき、そこで福袋を購入。その後、昼食を食べた。いざ福袋の中身を確認すると、そのほとんどがスポーツ用品ばかりで、普段運動をしない私にとってはあまりうれしくない物ばかりであった。可能であるのならば、メルカリか何かに出品をしたい物ばかりである。その中には、ボクシングのグローブを両手にはめて、カメラ目線でにっこりとほほ笑む少年の写真と、その写真が入った写真立てもあって、それはひとまず自室に飾っておいた。

 

 買い物を終えて帰宅。夜は親戚一同と揚げ物や焼き肉などを食した。腹一杯となったところで前述をした小説を読破し、以降はTwitterツイキャスとに時間を割いた。そうして、三賀日の2日目を迎えた。簡潔に1日の流れを述べると、実家に帰省をし、その地元で真っ昼間からパチンコを心ゆくまで打ったという事情だ。パチンコ自体は久々であったのだが、それでも、体がその感覚をきちんと覚えていた。2時間ほど打ち続け、飽きを感じたところで台から撤収。店を後にしたその瞬間、私の体を突如空腹感が襲ったのであった。冷え切ったベンチに腰掛け、そこで一服。一服を終えてからは、周辺をあてもなくブラブラとした。

 

 と、ここまでが今日に至るまでの出来事である。この先の出来事についても執筆をしてよいのだが、記事が単調となるので、あえて控えておこうと思う。

 

 さて、皆様方にとっての2020年が良い1年となる事を祈りながら、こちらの記事を締めくくらせていただく事とする。

 

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