淡色に染まりし憂愁

軽薄なる淡色の涙に魅せられて

心のよりどころ、日記文学

 昨年の10月5日に私は晴れて20歳を迎えた。それは、子供という名の殻から脱皮をして、大人という名の新たな殻を身にまとった瞬間そのものでもあった。

 

 今も尚鮮明に覚えている感覚が、誰からも縛られる事なく自由に飲酒をし、誰からも縛られる事なく自由に喫煙をする事が可能となったその開放感と、それに伴う喜びである。

 

 その日飲んだカルーアミルクモスコー・ミュールは、この上ないほど美味に感じられて、同様に、たばこの味もこの上ないほど美味に感じられたのであった。今も時々飲酒をたしなみ、喫煙はかなりの頻度でたしなむのだが、この時以上にアルコールを、ニコチンを美味であると感じた瞬間はあまりない。飲酒にも喫煙にも慣れた現在では、当時のような新鮮な気持ちでそれらをたしなむ事がもうほとんどなくなったと言ってもよい。

 

 誕生日を迎えてから、子供という名の殻を脱皮してからはや数カ月もの期間が経過をした。しかし、心の中の私はいまだに子供のままであり、己が大人という立場にあるのだという実感を、前述をした要素以外では特に感じられずにいるというような状態が続いている。心の中の私は、19歳という未成年最後の年齢から一向に成長をする事ができないままの、今も尚過去に縛られたままの亡霊のような状態にあるのだ。 未来に起こりうるであろう出来事以上に、過去の出来事の方が今現在の私には光り輝いて見える。

 

 だが、良かったと思えるような出来事は、それに反して数えるほどしかない。10代の前半は比較的能天気に日々を過ごしていたのだが、10代の後半からはこの広汎性発達障害の症状と、それに起因をするコンプレックスとに苦しめられるようになる。そうして、その二次障害にも苦しめられるようになり、気持ちがとにかく安定をしない不安定な日々を過ごす事が多くなった。精神科の門をたたいたのもちょうどこの頃で、大学生であった当時は、そこの学生相談室と呼ばれる場所に通いながら、メンタルクリニックにも通院をするというような生活スタイルを送っていた。

 

 そのような私が、当時心のよりどころとしていたものがある。それが日記文学だ。当時、主に愛読をしていたものは、高野悦子さんの『二十歳の原点』、南条あやさんの『卒業式まで死にません』、それから、二階堂奥歯さんの『八本脚の蝶』の計3冊である。死因が全員自殺という点では一致をしている。

 

南条あやさんの書籍に関してならば、表紙がそれはもうボロボロになるまで読み返し、通学バッグにそれを入れて毎日持ち歩いてさえいた。同じく精神疾患を持つ友人に、彼女の書籍を貸した事もある。自身の過激な行為をどこかユーモラスな語り口で、かつ、ポップにつづる彼女の文体がとても好きで、私は彼女に対し、いつしか強い憧憬を抱くようになっていったのであった。彼女を真似て、ブログの文章を当時は、彼女風に記した事もあった。精神的にいろいろと参っていた当時は、彼女の存在がとにかく私の救いであり、無意識のうちに彼女の事をあたかも神であるかのように思い始めてもいた。己の苦痛と彼女の苦痛とを重ね合わせた事もある。

 

高野悦子さんに関して言えば、『二十歳の原点』に関連をした2冊を大学の図書館で借りて、そこの閉架書庫で2冊ともを読んだ。彼女が自分の人生と真摯に向き合うその様に、常に改革を追い求めるその様に当時、強い感銘を受けた事を覚えている。

 

 彼女自身、生前は学生運動に参加をして、そこで自己を模索していた様子が日記に克明に記されていた。机上の空論ではなく、実際に行動を起こして常に己の存在意義が何であるのかを見つけようとしていたのだ。ちなみに、彼女は高校生であった時分はバスケットボール部に所属をしていたものの、4歳の頃に診断をくだされた心臓弁膜症から、過激な運動を控えるようにと言われてしまう。だが、そうであってもバスケットボールに関わりたいとの思いから、彼女はそこのマネージャーに転身をした。以後、高校2年生の2学期までマネージャーを務める。このように彼女なりに一生懸命部活動との関わりを持とうとする姿勢や、自身の好きなものに対するそのひたむきな姿が、私の胸を強く打ったのであった。立命館大学に入学をしてからは、ワンダー・フォーゲル部に入部をする。体に心臓弁膜症というハンデキャップがあろうともこのように運動を続けた事からも、彼女がいかに運動を好んでいたのかということがここから見て取れるだろう。ただ、その一方で、彼女自身は私生活で度数の強い酒に溺れたり、たばこに救いを求めたりなどと、どこか荒んだ生活を送っていたように思われる。酒に酔い、嫌な事を忘れる。たばこの快楽物質で、そうした負の感情をカムフラージュする。彼女は才媛で、一見をすると非の打ち所のない人間であるように見えるけれども、実際のところは、そうした人間的な一面もあった。だから、私は今も尚彼女にひかれ続けているのかもしれない。

 

二階堂奥歯さんに関してならば、Twitter上で彼女の名前を初めて拝見をしたその瞬間、そのハンドルネームのセンスにとにかく驚いた事を覚えている。そうして、Googleですぐさま彼女の事についてを検索した。その際に彼女が生前運営をしていた『八本脚の蝶』というサイトに行き着いたのであった。ちなみに、そのサイトはこの衝撃的な文面から始まる。

 

最後のお知らせ

二階堂奥歯は、2003年4月26日、まだ朝が来る前に、自分の意志に基づき飛び降り自殺しました。
このお知らせも私二階堂奥歯が書いています。これまでご覧くださってありがとうございました。

 

 この文面を見て、衝撃を受けずにいられる方は存在をするのであろうか。私自身はこの文章を拝見したその瞬間に、彼女が死に至るまでの道程を知りたいと強く感じた。そうして、2001年の6月13日から始まる彼女の日記を、最後のお知らせと題された先程の記事に至るまで時間をかけて、ゆっくりと読み進めていった。当初は女性らしい文章(コスメティック、ファッション)が非常に多く、それは読んでいるこちらの女性らしさまでをも高めてくれているような気がした。そうして、彼女自身、哲学書の文章をよく引用をしてもいた。それはシモーヌ・ヴェイユであったり、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインであったりなど、シモーヌ・ヴェイユに関してならば、『重力と恩寵』が有名で、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインに関してならば、『論理哲学論考』が有名であるように思われる。私自身はどちらの書籍も所有をしていて、『論理哲学論考』においては、何度も何度も再読をした。彼女がそうした記事をつづっていた背景には、早稲田大学第一文学部哲学科で哲学を専攻していた影響もあるのだろうが、彼女自身が”神”と呼ばれし存在を常に追い求めていた事情も影響も及ぼしているように思われる。故に、宗教に対する彼女の造詣も、哲学に対する造詣と同じくらいには深いものであった。

 

 記事を読み進めてゆく。すると、日を追う事に、彼女の精神状態が悪化の一途をたどってゆくという点に気がつく。だが、断りを入れると、彼女を取り巻く環境が決して悪かったというわけではない。人間関係に恵まれ、彼氏もいた。そうであっても、傍から見て幸せそうに見える人間も、追い詰められる時は普通に追い詰められるのだということを、彼女から学んだ。否、もしかすると、ただ単にそのように見えているだけであるのかもしれない。私には見えていない何かが、聡明な彼女の瞳には見えていたのであろうか……。さて、日記は終盤へ向かうにつれて、書籍からの引用が数を占めるようになる。今は亡き存在が、その心の叫びを書籍の引用から読者に発するその様が、私にはとてもつらく感ぜられた。彼女が追い求めた神が結果として彼女を救う事はなく、彼女の事を救ったのは、まさかの死神であったという……。なんと皮肉である事か……。

 

 彼女たちの話題はひとまずここまでとさせていただき、ここで私のかつてのツイートを引用させていただこうと思う。

 

 「ゲロヘラもりもりさんも高野悦子さんもなかいきあかちゃんさんも南条あやさんも二階堂奥歯も既にこの世にはおられない。彼女たちを神と仮定し、その神に全てを丸投げする事は己を放棄する事と同義だ。神はいない。この脆弱な己を支えられるものは神でもなければ宗教でもない、己自身なのである。」

 

 改めて、私自身、かつてこのようなツイートをした事があった。補足をすると、ゲロヘラもりもりさんというのは、2018年の1月31日に西武新宿線井荻駅にて飛び込み自殺を図られた女性のTwitterユーザーであり、なかいきあかちゃんさんというのは、2018年7月1日に近鉄橿原線近鉄郡山駅にてツイキャスで自殺配信をされた女性のTwitterユーザーである。死因が自殺という点では共通をしており、もしかするとそれに引き込まれ、今は亡き彼女たちの存在をあたかも神であるかのように感じるという方も中にはいらっしゃるかもしれない。彼女たちの存在をそのように仮定をし、心のよりどころとする事で己が少しでも生きやすくなるのであれば、そのように仮定をする事も生きる上での一つの手段だろう。ただ、そうした彼女たちが心のよりどころや、生きる上での指南となる事はあっても、自分の全てを救ってくれるとまでは限らない。結局のところ、自分を全てを救う事ができるのは、いつだって自分自身であるからだ。自分の事を一番理解できる存在が、自分自身であるように。

 

 学生時代は、彼女たちが書き記した文章が、私の全てを救ってくれると信じてやまなかった。無意識のうちにその文章を依拠の場ともしていた。けれども、全てを救うということは、全てを理解するということと同義であるように感じて、以降、私はその考えを、そうした文章が己の事をある程度救ってくれるという事はあっても、全てを救ってくれるとまでは限らないと思うようになった。神は全知全能であるという。全知全能であるということは、無論全てを理解しているということだ。ただ、彼女たちは人間であり、人間である以上、全知全能というわけでは決してない。その彼女たちを神と仮定する事は、どうも無理があるように思えてならないというわけである。

 

 以上、私が日記文学や彼女たちの存在を通して学んだ事を上記に述べた。10代の頃の私を幾度となく救い、生きる希望をも与えてもくれた日記文学。その事をここにつづり、子供であった当時の自分との決別を図りたい、その思いから今回、それに関する記事を執筆させていただいたという次第だ。

 

 前述をした通り、私の心はまだ19歳という年齢に縛られたままの亡霊のような状態にある。その年齢から解放をされて、大人としての第一歩を踏み出す時期に差し掛かっているのではないか。明日の成人式を前に、その思いを強く実感をしているという次第である。

 

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